ガラスのような繊細な心をもっていた少年時代。
私は、周りとは少しだけ感覚が違っている不思議な子どもでした。
高校時代。同性と繰り広げられる「真っすぐな愛の表現」、そして、嫉妬に「歪んだ愛の表現」。
私は、双方の「愛の世界」を体験しました。まるで「少女漫画のような純愛ストーリー」と「昼ドラのような愛憎物語」。人間の愛の表現は、単純なものではなく、予想を超えた複雑で深いものだと知りました。
そして、私は、高校時代に、もう一つの「愛の表現」を知ることになります。
高校3年生のある休日のことです。私は電車に乗り、家から少し離れたところにある繁華街に出かけ、一人でショッピングを楽しんでいました。買い物を済ませた私は、商店街のメインストリートから何気なく脇道に入り、裏通りを歩いていました。
すると、そこに、一軒の古い本屋がありました。
一般的な書店とは違い、店は狭く、薄暗く、店主は年老いた男性でした。6畳ほどの広さの店内には、所狭しと本が置かれていました。書棚に最新刊は見当たらず、長い間客を待ちわび疲れ果て、精気が抜けてしまったかのような本ばかりが並んでいました。
そんな萎びた本たちの双璧を通り抜けて奥に入っていくと、一か所だけ生気がみなぎる異様なエリアがありました。そのギラギラとしたオーラの発信源は、それまで見たことのない「とある雑誌」でした。表紙に男性の絵が描かれてある雑誌が、平積みされていたのです。
その雑誌に引き寄せられるかのように、私は無意識にそのエリアに足を運んでいました。そして、そこに積まれている雑誌の表紙を何気なくめくると、今まで知らなかった世界が目に飛び込んできたのです。
そこには、男性のあられもない姿が次から次へと繰り広げられていたのです。
私は、全ての血液が心臓と脳みそを急スピードで駆け巡り、体中から一瞬で蒸発してしまいそうな衝撃を受けました。
それまで私は、毎月妹が買ってくる「月刊りぼん」を何よりの楽しみにしていたような少年でしたから、そんなものがこの世に存在しているなんて想像したこともありませんでした。
ノンケ男性向けの「エロ本」という存在は、一般常識として知っていましたが、興味がないので見ようとは思わなかったし、そういう機会もありませんでした。
そこへ来て、この同性愛者向けの雑誌の平積みには本当に驚き、興奮を隠し切れませんでした。
冷静さを取り戻した私は、その雑誌を一冊手に取り、勇気を振り絞り、店主のおじいさんに代金を手渡しました。そして、逃げるかのように走り去りました。
それからしばらくの間は毎晩のように、家族が寝静まったのを見計らって、その「アドン」という雑誌を取り出し、読みふけっていました。読み終わったら、次の日に母が部屋の掃除に入ってきて、その雑誌が見つかってしまうなどという醜態を晒さないように、机の裏側に隠すのが日課(笑)になっていました。
もちろん私も年頃ですから、グラビアのモデルには恋をするかの如く、のめり込みました。そして、その雑誌を隅から隅まで読み尽くし、情報を頭に叩き込みました(笑)。
そこには、私の知らない隠微で淫靡で隠美な世界がありました。
世間から身を潜め、ひっそり楽しむ「隠微な世界」。
節度がなく、淫らで乱れた「淫靡な世界」。
闇の奥深くに、微かな光が見え隠れする「陰美な世界」。
それは、暗闇に灯る電灯に群がってくる虫たちのように、愛を求めて彷徨う輩たちの世界でした。
男と女で成り立っているこの世の中で、行き先を失った欲望たちが、引き寄せ合い、ひしめき合い、吐き出し合い、愛し合い、雄叫びを上げる世界の扉を、私は開けてしまったのです。
扉の向こうは、グラビアをはじめ、小説、出会いの掲示板、玩具の広告、スナックの広告、ビデオ販売の広告、そして、ざまざまな性的ニーズに応えた刺激的なページたちのオンパレードでした。
歪、偏狭、多湿、微熱、変態、官能、淫猥、匂ってきそうな、狂った世界。
世間から異常だ言われても仕方のない世界が、そこにはありました。
私が、美しい刈り上げの少年と純白でプラトニックな恋をしている世界と並行して、こういう世界が存在していたなんて、本当にショックでした。
私が恋した世界を、陰陽思想の太極図で言うところの「陽」とすると、この雑誌の世界は「陰」にあたるのではないでしょうか。
私は、この「陰」の世界を汚れたものにも感じ、簡単には受け入れることはできませんでした。
なぜならは、私はプラトニックな恋をしていたから。そう思っていたから...。
しかし、
しかし、私がプラトニックだと思っていた「陽」の世界にも、本当は、正直に言うと、ちょっとだけですが、本能的な欲望「陰」がありました。認めます。プラトニックな関係に中にも、性愛は確かに存在していました。
それは、陽の中の「陰」。黒い点は存在していたんです。
逆に、あの雑誌の中に繰り広げられていた、欲望まみれの「陰」の世界の中にも、愛を求めて彷徨う真っ白く純粋な心「陽」が存在していました。
それは、陰の中の「陽」。白い点は存在していたんです。
「陰」「陽」は一見分離しているように見えますが、どちらもお互いを包有しています。お互いの存在がお互いを存在たらしめているのです。そして、この二極がバランスをとりながら、常に最高の状態を作り出しているのです。
私は、陰の世界にも、陽の世界とは違った「美しい世界」があるということを知りました。
両極とも欠くことのできない大切な私の世界、愛すべき世界なのです。
路地裏の小さな古い本屋で、高校生の私が、開いた扉の話でした。
少年時代⑫につづく
コメント
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