大好きなエレクトーン 少年時代⑥

ガラスのような繊細な心をもっていた少年時代。

私は、周りとは少しだけ感覚が違っている不思議な子どもでした。

 

少年時代⑤で、直感力が強く、エンパス体質だったという話しをしましたが、今回も自分のもつ感覚についてお話しします。

 

私は、小学生の時に、YAMAHA音楽教室でエレクトーンという電子オルガンを習っていました。習い始めが小5からという、ちょっと遅い出だしでした。

家には、私の三つ年下の妹が習っていたエレクトーンが置いてありました。私の記憶では、小1の頃には、もう家にあったと思います。

妹は幼稚園の頃から習い始めていましたが、あまりエレクトーンが好きではなく、嫌々やっていた感じでした。反して私は、興味津々で、妹がエレクトーンを練習しているところを見たり、その音色を楽しんだりしていました。また、母も弾くことができたので、隣に座って演奏を聴いていました。

そして、いつからか私もエレクトーンに触れるようになり、気が付くと妹の教本を見て弾けるようになっていました。どうやって弾けるようになったかは覚えていませんが、とにかく妹と同じぐらい弾けるようになっていました。

その当時は、男がピアノやエレクトーンを弾くなんておかしいという偏見がありました。馬鹿馬鹿しいものの見方ですが、実際にそういう世間の冷たい目はあったのです。

しかし、私は、そんな偏見を無視し、小学5年生の時に、自分もちゃんと習いに行きたいと母にお願いして、教室に通うようになりました。

初めてのエレクトーン教室で、先生は指の番号から教え始めたのですが、レッスンが終了する頃には、一曲通して弾けるようになっていました。先生も想定外で驚いていました。

それから中2の終わり頃まで教室に通い続け、グレード6~4級レベルの曲を練習するようになっていました。

しかし、高校受験に向けて勉強に力を入れなければならくなり、塾にも通い始め、エレクトーンを習うのをやめてしまいした。

 

そのことはすごく後悔しています。

 

私が本当に好きで、親にお願いしてでも始めたかったことは、

エレクトーンとバレーボールです。

この二つだけは、自分でやると決めて始めたのです。

 

おとなしかった私が、自分の意思をはっきり示して始めたことなので、エレクトーンは本当に好きなことだったのだと思います。

無味乾燥な受験勉強と心の底からやりたいと思えたエレクトーンを引き替えにしてしまったのは、私の人生の中で反省すべきポイントになっています。

それ以来、エレクトーンは趣味で続け、持っていた教本を独学で進めました。しかし、高校を卒業し実家から離れて以来、ほとんど弾かなくなってしまいました。

よく父と母は、私の演奏は感情がこもっていて好きだと言ってくれました。子どもの頃は、正しく弾くことがいい演奏だと思っていたので、その時の両親の言葉の意味するところがよく分からなかったのですが、今では、両親は私に大きな賛辞を送ってくれていたのだということが分かります。とても深い褒め言葉に感謝の気持ちがいっぱいです。

 

今はというと、実家のエレクトーンは引退しました。D700という名機だったので、とても残念ですが…。

 

しかし現在、私の家には、YAMAHAステージアというエレクトーンがあります。

40代の時に購入し、練習を再開させました。自分が本当に好きだったことは、今でもやはり楽しめるのです。弾いていると夢中になり、時間を忘れます。

少年時代の様にスラスラと指は動きませんが、心を込めて奏でようという気持ちは大切にしています。

大人になると、心の底からやりたいこと、夢って、なかなか見つけられないですよね。

だからこそ、子どもの頃に何も考えず無条件で好きだと感じられたことは、大切にしたいなと思います。

そこに、「自分とはどういう人間なのか。」という質問に対するヒントが隠されているように思います。

夢ややりたいことが変わっていくことは、自然なことだと思います。

しかし

雲一つない青空の様な心だったあの頃に感じたことは、今の私にとっても大切なメッセージなのかもしれません。

 

少年時代⑦につづく

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