同性に恋をして 少年時代⑨

ガラスのような繊細な心をもっていた少年時代。

私は、周りとは少しだけ感覚が違っている不思議な子どもでした。

 

「おかま」だの「ホモ」だのと言われ続けた小学生時代を卒業し、私も中学生になりました。

ガラスのハートは粉々に砕け散ったものの、その破片の一粒一粒はとてもキラキラしていて、前よりも光を放っていました。

おとなしく弱々しかった私は、だんだんと明るく行動的になり、中学1年生の頃には、学年の中でも割と目立つ存在になっていたようです。

そんな私も、恋をしました。

中1の時のクラスに、だれからも好かれ、だれもが憧れるようなピッカピカの少年がいました。彼は、明るくユーモアがあり、いつも周りに人が集まっていました。学年で1位2位を争う成績、運動も得意、おまけにイケメンでした。小学生の頃から知っていましたが、クラスが違ったこともあり、ほとんど話したことはありませんでした。

何がきっかけだったかは覚えていませんが、気が付いたら、その彼と僕は、いつも一緒に過ごすぐらい仲良くなっていました。教室では、冗談を言い合い、大声で笑い、学校の帰りも一緒でした。彼と出会い、そして、親しくなれたことで、内気だった私はみるみる明るく元気になり、学校が楽しいと初めて思えるようになりました。彼には、本当に感謝しています。今、振り返ると、私の人生の分岐点に現れたキーパーソンだったと思います。

彼とは、学校だけでは飽き足らず、休日も遊ぶようになりました。

電車に乗って二人で遊園地にも行きました。当日は、嬉しさと緊張のあまり、朝ごはんがのどを通りませんでした。案の定、遊園地では気分が悪くなってしまい、ほとんど遊ぶこともできず、すぐに帰る事態になってしまいました。遊技場で遊んだ記憶は全くありませんが、具合が悪い私を優しく気遣ってくれて、遊園地から駅までの道のりを背中におぶってくれたのを覚えています。

夏祭りの夜は、盆踊りの輪に入りドラえもん音頭をふざけて踊ったり、人気のないベンチに座っているカップルをからかったりしました(笑)。毎年恒例の打ち上げ花火も終わり、人々は駅へと向かいます。にぎやかだった夜に静けさが戻りました。それでも私たちは家には帰らず、誰もいない公園のブランコを揺らしながら、ずっとずっと話をしました。祭りの余韻と夏の終わりの寂しさを感じながら。

そんな楽しく幸せな日々が続きました。気が付いたら、私は彼のことを好きになっていました。一緒にいるとすごく楽しい。ワクワクする。ドキドキする。そばにいると幸せ。いつも一緒にいたい。触れ合っていたい。そう感じていました。彼が他の人と仲良くしているのを見ると、もやもやした気持ちになり、初めて嫉妬という感情も知りました。

これは、恋ですね。初恋です。

相手が同性であるとか誰であるとかは、全然関係ありませんでした。自分にとっては、「心から素敵だと思える人に惹かれる」という、とても「自然な感情」でした。

「人に恋をする。」「人を愛する。」という経験は、人生の中で「最も楽しいこと」「最も幸せなこと」だと思います。私は、その幸せを純粋な心で、存分に楽しんでいました。片思いだったと思いますが、それでも十分幸せでした。

しかし、周りはそれを許しませんでした。

同性で仲が良いと、毎度毎度のあの言葉、「ホモ」という爆撃を受けます。彼は、女子にもとても人気があったので、その相手である私には集中砲火です。男女問わず、聞き飽きるぐらい「ホモ」と言われました。

「大好きだー!!」って世界中に叫びたいぐらい心は愛で満ち溢れていたのに、「おかま」、「ホモ」、「変態」という言葉にいつも脅かされていました。

その言葉たちのもつネガティブなエネルギーは、ものすごい破壊力があります。心が壊れます。

そのダメージを受けないように、徐々に自分を取り繕うようになりました。「おかま」や「ホモ」と言われないように...

彼と距離を置いたり、さも女の子に興味があるように振る舞ったり、荒っぽい言葉を使ってみたり、自分を偽るための無駄な努力がこの頃から始まりました。

私は、心の扉にカギを閉めました。

「人に恋する。」「人を愛する。」心を捨てたのです。一番大切な心を半殺しにしたのです。

あれだけ自然に溢れ出していたあの美しい感情を、間違ったことだと否定し、病気なんだと自分を責め、必死に消そうとしていました。

インターネットがなかったあの頃の情報源は、辞書ぐらいしかありませんでした。辞書で「同性愛」って、こっそりと引きました。「同性を性愛の対象とすること」。情報はこれぐらいでした。親や兄妹、友達にも聞けない、解説書なんてない、学校の教科書にも載っていない。同じような人がいるのかも分からない。

悩みました。

自分を汚らわしいものだ、いけないことをしているんだと責めました。

そして、泣きました。

泣いて、泣いて、泣き出す心、嗚咽を上げて泣き出す心。

心の涙に堪えながら、私は、自分の身を守るために、必死で「普通の人と呼ばれる人」のふりをしました。

そして、いつしか涙も乾き、気が付くと、「おかま」「ホモ」と誹謗中傷する側の人間に擬態するようになっていました。ホモだってばれないようにするためには、そうするしかありませんでした。

バレたらいかん。生きていけなくなる。あの苦しみはもう味わいたくない。

大好きだった彼とも、徐々に気持ちが離れていき、切なさと別れの寂しさを経験しました。

その気はないフリをする。最低だと思われても仕方ない。でも、その頃の私にとって、これが生きていくための手段だったのです。

ごめんなさい。弱い私を許してください。

私が本当の自分を受け入れるまでには、まだまだ時間がかかります。

次は、高校生の頃の思い出を語ります。

少年時代⑩につづく

 

 

コメント

  1. zoritoler imol より:

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